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東京二期会オペラ劇場の新シーズンが9月3日(木)に開幕した。演目は生誕250周年のベートーヴェン《フィデリオ》。感染症の影響が続くなか、関係者全員の努力と創意による新シーズンのスタートに感謝したい。初日前日、最終の舞台稽古を取材した。
《フィデリオ》は、政敵に捕らえられた夫を救う妻の救出劇。演出の深作健太はこれを、20世紀以降のさまざまな政治の対立構造によって自由を奪われた人々とその解放の歴史の軸の上に配置した。キーワードは「壁」だ。オペラ全編が「壁の物語」として描かれる。ナチの強制収容所の壁。冷戦体制下のベルリンの壁。そして現在進行中のイスラエルの分離壁。しかしそうした、いわゆる「読みかえ」が台本やベートーヴェンの音楽を飲み込んでしまうことはなく、オペラの物語自体はそれらと絶妙な距離感を保って自立している。ネタバレになるので詳細は避けるが、最後には、ベートーヴェンらしい「苦悩を突き抜けて歓喜へ」の気分を、客席と舞台一体となって劇場全体で共有できる仕掛けも施されている。
指揮は、鋭い着眼点でいつも聴き手の先入観を一新してくれる大植英次。いきなり来た! 最終稿の序曲でなく、序曲《レオノーレ》第3番で開始。ベートーヴェンはこのオペラのための序曲を全部で4曲書いており、これは(ちょっとややこしいが)第2稿のための音楽。オペラ本編の音楽素材を先取りして用いる伝統的な作法で書いているので、本編中で、「ああ、序曲で出てきたあの旋律か」と、有機的な繋がりを感じる面白さに、あらためて気がつかせてもらった。
もちろん、オペラ上演にも「ニューノーマル」が必須で、随所に感染症対策の工夫。客席への飛沫感染のリスクを最小にするため、舞台最前面には常時紗幕が下がっている。通常時のオペラ演出でもしばしば使われる、光が透過する薄いカーテンのこと。いわば舞台全体に巨大なマスクをつけたような状態だし、多用される映像を映すスクリーンも兼ねる。そして、『フィデリオ』で重要な合唱は、ほとんどの部分を舞台裏で歌う(二期会、新国立劇場、藤原歌劇団の合同)。でもそのぶん、フィナーレで(十分な距離を保って)姿を現す合唱団の存在感は圧巻だった。オーケストラ(東京フィルハーモニー交響楽団)は通常同様にピット内で演奏するが、「密」を避けるため、客席側の仕切り壁を撤去。初めて見る光景だ。
さまざまな苦心が察せられるものの、それによる不自由さを感じることはほとんどなかった。通常時と同じ、本格的な上演に限りなく近い、オペラの醍醐味十分のプロダクションと言えそうだ。オペラの復活が心に滲みる。
二期会《フィデリオ》は新国立劇場オペラパレスで9月3日(木)〜6日(日)の4日間。出演はダブルキャストで、レオノーレに土屋優子/木下美穂子、フロレスタンに福井敬/小原啓楼、ドン・ピツァロに大沼徹/友清崇、ロッコに妻屋秀和/山下浩司、ほか。
取材・文:宮本明
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